一般社団法人日韓経済協会

コラム・メッセージ

日韓第3国共同進出研究ミッションの報告

(協会報3月号より)

日韓第3国共同進出研究ミッションの報告
(一社)日韓経済協会
千吉良 泰三

1.実施概要

日韓・韓日経済協会及び日韓・韓日産業技術協力財団は,2015年2月25~27日にミャンマーの経済都市ヤンゴンとヤンゴン近郊の工業団地「ティラワ経済特区(SEZ)」を視察した。第44回日韓経済人会議(2012年5月16~17日)の共同声明で提唱された「『一つの経済圏』形成における第3国共同進出の拡大」に則り,日韓協業の可能性を探るのが目的である。

今回は特に日本側から韓国側に,日本とミャンマーの官民が共同で開発中のティラワSEZに進出を提案するためのヒアリングが中心に行われた。日韓の第3国共同進出研究視察は,2013年1月に第1回(三菱商事・韓国ガス公社LNG共同開発プロジェクト),2014年2月に第2回(ミャンマーのミンガラドン工業団地とティラワSEZ)が行われており,今回は第3回となる。

日本から日韓産業技術協力財団の関係者11人,韓国から韓日産業技術協力財団の関係者1人が参加した。視察を経て,韓国は日本と比べてミャンマーに対して悲観的な見方があるものの,東南アジアの最後のフロンティアと言われるミャンマーは依然としてビジネスチャンスが多く,日韓の連携の可能性は十分あるとの認識が得られた。

2.ミャンマーの投資環境

ミャンマーは2011年3月に民政移管して以降,対外開放に大きく舵を切った。ホテルや商業施設は建設ラッシュにあり,人口5,100万人の未開拓の市場を求め,食品や家電,自動車などさまざまな業界の進出が相次ぐ。

ヤンゴン日本人商工会議所の会員数は2000年代以降,50~60社近辺で伸び悩んでいたが,2011年以降は一気に増加し,2014年12月には200社を突破した。足元は215社前後まで増えている。

工場で働く労働者の賃金は約100㌦と,ベトナムの2分の1,タイの3分の1前後と低い。製造業では縫製業を中心とした労働集約型の企業の進出が多い反面,組立産業のような本格的な製造業の進出はまだ少ない。その理由の一つは上下水道や廃水処理などのインフラが整った工業団地がヤンゴン近郊にあるミンガラドン工業団地一つしかなく,そのミンガラドンも空きスペースがないために製造業が進出をためらっていることが挙げられる。

ミャンマー政府と日本政府はこの問題を解消しようと,両国の官民出資の共同事業体「ミャンマー・ジャパン・ティラワ・ディベロップメント(MJTD)」を設立してティラワSEZ(先行開発面積400ha)を開発中で,2015年秋に入居企業の第1号の工場が稼働する見通しである。
工業団地以外にも,ミャンマーは電化率が3割と低く,国民の7割が電力のない生活を送っている。限られた電力も7割が水力発電であり,乾季(10月中旬~2月中旬)になると停電が頻発し,電力不足が深刻になる。ミャンマーが工業化を推し進めるには電力網の整備が不可欠であり,さらに道路や港湾,鉄道などのインフラ整備も待ったなしの状況にある。

3.日本貿易振興機構(ジェトロ)ヤンゴン事務所訪問(2月26日AM実施)

  • 日本と韓国の企業を比べると,1990年代の欧米による経済制裁の時期に日本は多くの企業が撤退したのに対し,韓国企業は縫製や資源開発分野を中心に投資を続けた。ある意味,韓国企業の方がミャンマービジネスでは先行していると言え,日本企業が学べることも多いのではないか。
  • ミャンマーは電力が圧倒的に足りないほか,港湾や道路整備も遅れている。ベトナムの15年前,タイやインドネシアの40年前と考えると理解しやすい。
  • 韓国企業にティラワSEZへの入居を勧める際には二つのポイントがある。一つは投資インセンティブ。輸出加工型企業で法人税が「7免5半(7年間免税後,5年間半減)」,内需型企業で「5免5半」と優遇されている。また許認可もワンストップでできるため,通常,操業までの許認可に首都ネピドーまで通うなどして半年から1年かかるのに対し,ティラワなら3週間で済む。二つ目のポイントは何かトラブルが発生しても,安心感を持って対処できることだ。ミャンマーと日本の両政府が開発に関わっているため,問題が発生すれば,日本政府を通じて現地政府に対応を要請することができる。
  • 韓国企業もメッキ加工や金型などを手がける企業は廃水処理の整った工業団地に進出したい意向を持つだろう。その場合はティラワ以外に進出できる工業団地は現状,皆無だ。韓国の裾野産業がティラワに進出すれば,日本の大手企業は日系よりコストの安い韓国企業に仕事を発注する可能性がある。そうなればベトナムやインドネシアなどで行われているように,製造業の分野で日韓の分業体制が築けるかもしれない。
  • 日韓連携のインフラ開発の可能性としては,ティラワ周辺の住宅開発,インターナショナルスクールの建設などを共同で行うのも手ではないか。ティラワ(400ha)の第1期250haのうち,35haは住宅・商業施設となっているが,まだどのように開発するのか決まっていない。またティラワの総面積2,400haのうち,日本がコミットしているのは400haまで。残り2000haの開発で協業できる可能性はある。
  • ミャンマーについて,インフラが整っていないために進出は無理だと否定的な見方をする日系企業もいる。否定的な声の多くがタイやインドネシアなど,周辺国にいる駐在員から発せられている。彼らは「イタイイタイ病」に罹っている。つまり,タイやインドネシアにずっとイタイ(住みたい)ために,ミャンマーのアラを取り上げる。公正な目でミャンマー進出を検討するなら,日本の本社がFSを行うべきだろう。
  • ティラワに進出を決めた企業を見ると,トップダウンで迅速に意思決定している企業が多い。FSに時間をかけると,アラがみえてくる。韓国の中小企業も意思決定は速いため,今後,入居は期待できる。

4.三井住友銀行ヤンゴン支店訪問(2月26日午後)

  • 基本的には日本で取引のあるクライアントを念頭におき,そのクライアントがミャンマーに進出した際に送金や決済などのサポートを行う。SMBCの韓国支店と取引のある韓国企業からサポートを求められれば,それにも応じる。すでに韓国企業に対し,ミャンマーの金融事情を説明したり,SMBCと提携している地場のカンボーザ銀行を紹介したりしている。
  • 免許ライセンスの有無の違いは,ライセンスがあれば,預金,送金,決済,融資などの銀行業務が行える。ない場合は,単に情報収集拠点となる。
  • 邦銀が3行ともライセンスを取得できたのは,銀行の規模を考えると,当然のことだ。ライセンスを申請した銀行25行の時価総額トップ5は,1位:中国ICB,2位:東京三菱,3位:オーストラリアANZ,4位三井住友,5位みずほ銀行だ。この5行が合格した9行に入ったのは,不思議ではない。また日本政府や大使館の働きかけも寄与した。国のバランスを考えると,日本だけ3行も入るのは多いため,2行に絞る話もあったようだ。しかし,日本政府がテインセイン大統領に訴えるなどして,3行とも入れた。日本政府の働きかけは韓国を上回っていた。
  • ミャンマーは発展途上国特有のリスクがあるため,韓国企業にとっても,(地場の銀行と取引するより)邦銀と取引する方が資金の安全性が担保されると考えるのではないか。この点で,邦銀の支店ができることは,韓国企業にとっても利点があるだろう。
  • ミャンマーに進出した韓国企業は日本より多く,在留韓国人は日本の3倍ぐらいいる印象だ。ただ,韓国の場合,法人というよりは個人で活動し,ミャンマー人から名義を借りて土地を手当てし,縫製工場を営んでいるケースが多い。
  • 邦銀は3行ともティラワに社員を派遣している。工場が一番資金の調達ニーズがあるためだ。現地に情報を取りに行ったり,銀行としてアドバイスできることを助言したりしている。
  • ティラワは日本政府の予算が投じられている。そこに韓国企業が入居することに,少なからず懸念を示す人もいるのではないか。例えば,サムスンが進出し,ティラワの全区画を埋め尽くし,他の企業が入れなくなった場合に非難の声は出ないか。
  • SMBCは韓国企業に対しても,日本企業に対してと同じサポートを行うつもりだ。これも日韓協業と言える。
  • ティラワは既存の工業団地と比べると,まだ完成していないという点で不利かもしれない。今すぐに入居したいと考える企業は他の工業団地に進出している。特に縫製業でこの傾向が強い。ティラワはインフラが整っているため,縫製業ではなく,少し付加価値の高い産業が入居するのではないか。

5.大韓貿易投資振興公社(KOTRA)ヤンゴン事務所訪問(2月26日午後)

  • 韓国政府が把握している在ミャンマーの韓国企業の数は150社。しかし,KOTRA推計では200~250社とみている。ミャンマー人の名義を借りて活動している企業も存在するため,正確にはつかめていない部分もある。
  • 韓国企業のミャンマー訪問時期のピークは2012年末から2013年初。2014年から極端に減ってしまった。2012~2013年の頃,とにかくミャンマーを一度見てみたいという企業が多かった。そして実際に現地を見て,投資する条件が足りないという結論を出した。例えば,電力問題,不安定な法制度,2015年秋の大統領選挙(政治リスク),市場規模が小さい点が挙げられた。
  • 製造業では日韓は協業できるかもしれないが,韓国の製造業はベトナムなど他の東南アジアに工場があり,今すぐそこからミャンマーに拠点を移すことは難しい。結局,小売業がミャンマー進出のメーンになっている。小売業で日韓が協業することは難しい。
  • ミャンマーのインフラ開発はBOT(民間が建設して契約期間後に政府に譲渡)が中心。しかし,民間にとってリスクが高いため,自国の政府に頼らざるをえない。こうした中,日本政府もしくは韓国政府が支援したインフラ案件に他の国の企業が参画することは難しいのではないか。
  • ミャンマーに否定的な見方もあるが,ミャンマーは東南アジアで「最後のフロンティア」であり,地政学的に優位なロケーション,豊富な資源,質の高い労働力,イスラム教の国より相対的に少ないストライキ,ラオスやカンボジアより多い人口は依然として魅力だ。KOTRAは現実の課題も伝えるが,こうした魅力も訴え,ミャンマー進出を促している。
  • 韓国企業はティラワにあまり関心を持っていない。理由は韓国企業の大半が縫製業で,ティラワに進出すると,周辺の企業に引きつられ,賃金が上がってしまうことを懸念しているためだ。
  • ミャンマーは市場開放して3年ほどしかたっていない。鎖国をしている間にベトナムなど周辺諸国は発展してきた。企業が投資を決める際,ミャンマーだけを見るのではなく,周辺諸国と相対比較する。周辺国と比べると,ミャンマーの点数はいつも一番下にくる。ミャンマーの潜在性は理解できるが,企業は経済原理で動く。
  • ミャンマー政府自体も外国投資が自国の経済発展に良いと必ずしも考えておらず,韓国から見ると,政府の投資受け入れスタンスに問題があると感じる。確かに,この2,3年で外国投資法など,外資受け入れ環境を整備してきたが,こうした環境は他の国ではとっくに整備されていることだ。例えば,他の国では企業を誘致したいために,土地を無償提供したり,法人税を下げたり,電力などの周辺インフラを自国政府が整備したりしている。ミャンマー政府は周辺国のこうした事情を理解し,外資受け入れにもっと前向きになるべきだ。

6.視察を終えた所感

小職としては初めてのミャンマー訪問であり,ヤンゴンのみの3日間という限られた滞在であった。また当協会へは,本年1月から出向し,直ぐにこのミッションに参加させて頂いた。協会報への執筆要請があり記載させて頂いたが,この様な点を加味して読んで頂ければ幸いである。

限られた時間の中で訪問前に調査・研究したミャンマーは,国内の主要幹線道路の9割はクラスⅢ(片道1車線,平坦地の設計速度制限が60km)以下の簡易舗装,インドシナ半島を横断し地域経済の発展に重要な役割を担う東西経済回廊もミャンマーでの整備が遅れている,電力不足とその中での工場より民生優先の配電,また,植民地以前の慣習法,独立後の民生時代その後の社会主義時代等6つの時代に成立した法律が混在している複雑な法制度など,ソフトとハードの両面で深刻なインフラ不足であるということであった。また,最近整備されたヤンゴンの主要幹線では「樹には霊が宿っている」とのことで枝を切れず,大型のコンテナ車が迂回せざるおえない事情もあるようだ。昨年はカンボジアとラオスのSEZや経済回廊等の視察の為,車で1400kmを走り,経済回廊の実態や進出企業へのヒアリングを行ったが,昨年訪問したASEAN後発国と比べてもミャンマーはハードインフラで遅れているように感じた。しかし,今回の訪問では約20年前に訪問したベトナムとも異なり,また,昨年訪問したカンボジア,ラオスとも異なった成長の仕方をするする可能性も感じた。ヤンゴンのスーパーには既に輸入品があふれ,鉄格子のない店の窓や英語を使った看板,洗練された人々のファッション,日本政府の支援が入ったSEZ,そのSEZでの会社手続きが迅速化している実態など,ミャンマー政府が後発ASEAN国として遅れを取り戻そうと日本政府の支援を前向きに活用している様子が伺えた。ティラワSEZを一つのモデル経済特区として,法制度もふくめて色々なものを学んでいこうという姿勢も感じられた。ティラワSEZの開発はまだ始まったばかりであり,これからやるべき課題は多く見られる。その様な意味でミャンマーのゲートウェイとしてのティラワSEZを活用した日韓協業の可能性は十分あると思える。その為には,まず日韓・韓日財団がしっかりと協力し,まずは自らが更に学習していくことが重要であると感じた。

以 上

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